大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)1408号 判決 1987年11月10日

上告人

日商岩井株式会社

右代表者代表取締役

井川道直

右訴訟代理人弁護士

岩本幹生

被上告人

三井物産株式会社

右代表者代表取締役

八尋俊邦

右訴訟代理人弁護士

田邊俊明

阿部明男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岩本幹生の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係は、(一) 被上告会社は、昭和五〇年二月一日、丸喜産業株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、大要次のような根譲渡担保権設定契約(以下「本件契約」という。)を締結した、(1) 訴外会社は、被上告会社に対して負担する現在及び将来の商品代金、手形金、損害金、前受金その他一切の債務を極度額二〇億円の限度で担保するため、原判示の訴外会社の第一ないし第四倉庫内及び同敷地・ヤード内を保管場所とし、現にこの保管場所内に存在する普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品の所有権を内外ともに被上告会社に移転し、占有改定の方法によつて被上告会社にその引渡を完了したものとする、(2) 訴外会社は、将来右物件と同種又は類似の物件を製造又は取得したときには、原則としてそのすべてを前記保管場所に搬入するものとし、右物件も当然に譲渡担保の目的となることを予め承諾する、(二) 被上告会社は訴外会社に対し、普通棒鋼、異形棒鋼、普通鋼々材等を継続して売り渡し、昭和五四年一一月三〇日現在で三〇億一七八七万〇三一一円の売掛代金債権を取得するに至つた、(三) 訴外会社は、上告会社から第一審判決別紙物件目録記載の異形棒鋼(以下「本件物件」という。)を買い受け、これを前記保管場所に搬入した、(四) 本件物件の価額は五八五万四五九〇円である、(五) 上告会社は、本件物件につき動産売買の先取特権を有していると主張して、昭和五四年一二月、福岡地方裁判所所属の執行官に対し、右先取特権に基づき、競売法三条による本件物件の競売の申立(福岡地裁昭和五四年(執イ)第三二六五号)をした、というのである。

ところで、構成部分の変動する集合動産であつても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなどの方法によつて目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保を目的とすることができるものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和五三年(オ)第九二五号同五四年二月一五日第一小法廷判決・民集三三巻一号五一頁参照)。そして、債権者と債務者との間に、右のような集合物を目的とする譲渡担保権設定契約が締結され、債務者がその構成部分である動産の占有を取得したときは債権者が占有改定の方法によつてその占有権を取得する旨の合意に基づき、債務者が右集合物の構成部分として現に存在する動産の占有を取得した場合には、債権者は、当該集合物を目的とする譲渡担保権につき対抗要件を具備するに至つたものということができ、この対抗要件具備の効力は、その後構成部分が変動したとしても、集合物としての同一性が損なわれない限り、新たにその構成部分となつた動産を包含する集合物について及ぶものと解すべきである。したがつて、動産売買の先取特権の存在する動産が右譲渡担保権の目的である集合物の構成部分となつた場合においては、債権者は、右動産についても引渡を受けたものとして譲渡担保権を主張することができ、当該先取特権者が右先取特権に基づいて動産競売の申立をしたときは、特段の事情のない限り、民法三三三条所定の第三取得者に該当するものとして、訴えをもつて、右動産競売の不許を求めることができるものというべきである。

これを本件についてみるに、前記の事実関係のもとにおいては、本件契約は、構成部分の変動する集合動産を目的とするものであるが、目的動産の種類及び量的範囲を普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品と、また、その所在場所を原判示の訴外会社の第一ないし第四倉庫内及び同敷地・ヤード内と明確に特定しているのであるから、このように特定された一個の集合物を目的とする譲渡担保権設定契約として効力を有するものというべきであり、また、訴外会社がその構成部分である動産の占有を取得したときは被上告会社が占有改定の方法によつてその占有権を取得する旨の合意に基づき、現に訴外会社が右動産の占有を取得したというを妨げないから、被上告会社は、右集合物について対抗要件の具備した譲渡担保権を取得したものと解することができることは、前記の説示の理に照らして明らかである。そして、右集合物とその後に構成部分の一部となつた本件物件を包含する集合物とは同一性に欠けるところはないから、被上告会社は、この集合物についての譲渡担保権をもつて第三者に対抗することができるものというべきであり、したがつて、本件物件についても引渡を受けたものとして譲渡担保権を主張することができるものというべきであるところ、被担保債権の金額及び本件物件の価額は前記のとおりであつて、他に特段の事情があることについての主張立証のない本件においては、被上告会社は、本件物件につき民法三三三条所定の第三取得者に該当するものとして、上告会社が前記先取特権に基づいてした動産競売の不許を求めることができるものというべきである。これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長島敦 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人岩本幹生の上告理由

原判決は、法律の解釈を誤り、かつ、事実を誤認したもので、右は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄差戻を免れないと思料する。

第一点 法律の解釈を誤つている。

一、原判決は、集合物の譲渡担保の特定について、最高裁第一小法廷の判決(昭和五四年二月一五日昭和五三年(オ)第九二五号物件引渡請求事件民集三三巻一号五一頁)を引用し、構成部分の変動する集合動産についても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなど何らかの方法で目的物の範囲が指定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となり得るものと解するのが相当である、と判示している。

しかし、集合物の譲渡担保の特定は、公示(対抗要件)の問題と密接に関連しており、従つて、単に被上告人と訴外丸喜産業株式会社(以下訴外会社という)との譲渡担保契約(甲第一号証=商品等譲渡担保差入証書)締結の際の目的物の種類、所在場所、量的範囲の指定をもつて上告人に対しては特定の要件を充足していることにはならないと思料する。

二、この点について、学説・判例についても次のように指摘されている。

① 柚木馨・高木多喜男は、「担保目的物の範囲が公示されてはじめて第三者に対する関係において特定の原則は、その意義を発揮する」旨(担保物権法新版五八六頁)

また、

② 集合物を認めることは、その範囲において有体性の原理を否定する結果となるわけで、それは所有権における独占的支配の同一性とその支配領域の範囲について、これを客観的標準によつて、一義的に確定し、同時にその旨を取引界に対して公示するという特定性の作用を失わせる。従つて、物権法の体系する限り、集合物を単純、無条件に肯定することは不可能であり、それは有体性に代る何らかの手法によつて失われた公示を回復し、優先的支配の同一性とその支配領域を取引界に対して客観的に明瞭な形で確定するとき、はじめて可能になるものといえるであろう」と論じ、

③ 「目的物の種類、所在場所、量的範囲の指定ということが特定性の要件の重要な柱となることは否定できないとしてもそれを基に特定性の基準を定式化することができるほど単純な問題ではないし、又、それほど容易な問題でもない」(吉田真澄 NBLNo.二二二)と言及し、

④ 「店舗・倉庫の商品全部といつた目的物の定めがある場合に、種類、数量、価格が毎日のごとく変動する商品について、店舗・倉庫に存するとの限定のみを加え継続的な同一性を付与する指標として、管理上その他何らの具体的方策も講じていない場合には、目的物は特定しているといえない」(昭和四五年八月二五日岡山地裁判決)と論じている。

三、そもそも、学説・判例によつて、集合物を占有改定により引渡を受けることによつて具備する占有改定説と、明認方法によるそれが有力に主張され、その方法として特定された所有物の所在場所に一定内容を記載した表札や標識をつけるとか、担保権設定契約(できればその公正証書)を表示するとかが考えられている。(吉田・NBL二四七号、金法一九七号、民法総合判例研究)

実際上、何が明示されるのかということになると、そこでは他の財産より区別される財産(柚木=高木・担保物権法新版)の明示、引渡す物件(瀬川・判例研究ジュリスト五一九号一〇九頁)の明示というように有体物的支配の対象となる物の明示を意味しているようである。

このような考えは、特定動産上の譲渡担保権の公示と同様で、その特定動産を集合動産に置き替えたにすぎないものである。確かに、他の財産から区別され、譲渡担保権の目的となり得る集合「物」について明示するという意味のあり得ることは否定できないが、集合動産譲渡担保の場合にはそれにつきるどころか、それ以上の意味を持つものである点を見逃してはならない。それは、個々の動産について搬出・搬入がくり返されても、それは、譲渡担保権の目的として優先弁済力の及ぼしうる「集合」物であることが判明できるものでなければならないという点である。

この為、特定動産の場合は、その物の上に譲渡担保権者の優先弁済力が存在する旨さえ明示すれば足りるということになるわけであるが、集合動産譲渡担保では、優先弁済力の存在を明示するだけでは足りず、その物を明示することも必要になる。

第三者なかんずく、集合物を搬入する取引業者である上告人また、差押債権者等は、見えざる譲渡担保権設定の結果として、搬入による売却・あるいは差押えが全く闇討ちに不測の損害を蒙ることとなり、一人被上告人のみがその価値を独占する状態となり、右闇討ちは特定の内容を明示するときは充分に回避できることとなる。

前記最高裁の判決は、集合動産について、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなど何らかの方法で目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となりうるものと解するのが相当である、旨判決しているが、右第一、二審とも原告の請求は認められていない。第二審の判決の要旨は次のとおりである。

「集合物の一部につき物権の設定・移転がなされ得ることを一般的に否定できないにせよ、控訴会社(原告)と川崎電気の本件取引は、単に川崎電気所有の乾燥ネギ二八トンを譲渡担保として提供することが約されたに止り、未だその目的物の具体的特定は遂げられていなかつたものとみなければならず(控訴会社の者が被控訴会社倉庫へ赴いたのも、単に在庫確認のためであつて、特定のためとは認め難い)、本件ネギにつき控訴会社が譲渡担保権(所有権)を取得した旨の控訴人の主張はたやすく信用し難い」

というものである。

右第二審の判決に対する上告審の判決が前記の判決であり、その目的物の具体的特定が遂げられていなかつたことを認容している。

四、原判決は、本件目的物の種類は「普通棒鋼、異形棒鋼一切の在庫商品」、その所在場所及び量的範囲は「訴外会社の第一ないし第四倉庫内及び同敷地、ヤード内」として客観的に明瞭な特定場所の指定があつて、右所在場所にある「一切の」在庫商品としての量的範囲が指定されたいわゆる全部譲渡方式が採用されているから、本件譲渡担保契約の目的物の範囲の特定は、それだけで既に充分であるとその理由に述べている。

ところで原審判決は、第一審判決の請求原因事実を引用し、本件譲渡担保を契約の目的物の範囲の特定は、設定契約における約定をもつてそれだけで充分であると理由付けをしているが、前記の判決の構成部分の変動する集合動産についてのその種類、所在場所及び量的範囲を指定すること、何らかの方法で目的物の範囲を特定することは全くこれを看過している。

従つて、集合物の目的物の具体的特定は遂げられていないこと明らかである。

よつて、原判決は法律の解釈を誤つている。

第二点 本件譲渡担保として、被上告人が主張している物件の対抗要件を具備していないこと明らかであり、事実を誤認し、法律の解釈を誤つている。

一、原判決は、対抗要件の具備として第一審判決の理由を引用し、「集合動産それ自体が譲渡担保の目的物となるのであるから一たん集合動産について占有改定がなされると、後に加入する個々の物は集合動産の構成部分として当然に譲渡担保に服し、かつ、対抗力を取得するものであり、個々の物について改めて占有改定の意思表示をすることは必要でないというべきである。」

右判断は事実を誤認し、法律の解釈を誤つている。

二、占有改定とは、「自己の占有物を爾後本人の為に占有すべき意思を表示したるとき」(民法一八三条)であるが、本件の占有改定は被上告人と訴外会社のみの占有移転の合意にすぎない。

然るところ、第三者である上告人に対する公示という点においては何ら実質的な占有の変更を来していない。占有を公示方法とするのであれば、その目的物の現実の利用等が外界からその権利の存在を容易に認識できるものでなければならず、現実の利用を伴わない占有は観念的なものとならざるを得ない。

この外部には何らの変化の生じない観念的な占有をもつて動産についての変動が行われたとしてもその事情を全く認知できない第三者に対する対抗要件(公示方法)と判断し、法定担保権を有する上告人の動産先取特権をも消滅すると認定した原判決は、法の解釈を誤つている。

第一審判決のように、後に加入(搬入)する個々の物は集合動産の構成部分として当然に被上告人の譲渡担保に服するという見解は、上告人にとつては全く想像もされない被上告人の闇討ち的な優先権が表れることになり、言わば狼が口をあけて食物が飛び込んでくる状態であると比喩せざるを得ない。

三、最高裁判所昭和三五年二月一一日第一小法廷判決(昭和三二年(オ)第一〇九二号)は、「占有取得の方法は外観上の占有状態に変更を来さない占有改定にとどまるときは、民法第一九二条の適用はない」と判示し、これを要するに占有改定による対抗力を取得するには、占有の取得(引渡)が何らかの方法により、その動産に対する権利関係者に表示され、又は、権利関係者(特に第三者)においてその事実を認識しうる特別の事情がなければ占有改定による引渡によつては対抗し得ないものと解すべきである。

そこで、第一審判決が前記のように譲渡担保契約成立時に、集合動産についての占有改定がなされているとの見解は、事実を誤認し、かつ、法律上の見解を誤つている。

第三点 原判決は、民法第三三三条及び同一九四条並びに第三一九条の法律上の解釈を誤つている。

一、原判決は、動産先取特権の追及力の制限について、上告人は本件物件について動産売買の先取特権を行使することはできず、右権利はここに消滅したと判断している。

二、しかし、右判断は、善意の取引業者である上告人の権利を闇討ち的に奪うものであつて、動産取引の安全と先取特権者の利益の調和を考慮すると法律の解釈の片手落ちと言わざるを得ない。

三、民法第一九四条及び同三一九条により、当初より動産に対する所有権を有していない債務者の占有物にさえ先取特権の効力が及ぶとされている。

民法第三三三条の場合にも前記最高裁判所の判決の趣旨を考慮し、類推適用すべきであり、善意無過失の先取特権者である上告人は、動産の占有改定による引渡しが何ら表示されていなく、かつ、認知されない限りその動産の上に先取特権を行使できるものと思料される。

よつて、原判決は、この点においても法律の解釈を誤つている。

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